2011年7月17日日曜日

愛媛から先輩が来たる(7/16)

私が4年間青春を送った帯広畜産大学では、ほとんどの男子学生が碧雲寮という自治寮で生活をしていた。

碧雲寮は二人部屋で先輩と後輩が共同生活を送っていた。
現在は大学管理の男女共学寮となっている。

大学も大きく変化したのだ。

私の部屋は碧雲寮422号室で、同室の先輩は愛媛県にいる。

私はアイスホッケー部だったが、先輩はラグビー部。

ラグビー部がOBとの交流試合を海の日の連休を挟んでやるということで、先輩の同級生と一緒に帯広に来て戴いた。

前日に帯広入りした先輩達ちに呼ばれて「蕎麦人」というこれまたラグビー部OBがオーナーの蕎麦居酒屋に懐かしい顔を尋ねにいった。
だちょう料理というのは初めてだが美味しかった。

変わったと言えば変わったのだが、中味はほとんど変わらない愉快な先輩達ちだ。

大学は大きく変わったが友情はひとつも変わっていなかった。

先輩達には学生時代に本当にお世話になった。
そのことは忘れずに今後も生きていこうと思う。

帯広畜産大学は、今年のワイズメンズクラブ東日本区北海道部部会の会場である。

2011年7月16日土曜日

とろいかだよりNo.1(7/15)

中崎直前部長は北海道部の動きを各部員に流し、活動を鼓舞するために驚異的な勢いで部長通信を発行していた。
この才能を寝かしておくには全くもったいない話である。

私の方針として中崎さんが実践した動きの見える北海道部の継承をあげた。
しかし、中崎さんほどの文才があるわけでもなく、ホームページとか情報発信の手段はそれなりに考えるも限界がある。

そこで中崎直前部長にお願いして、私が事務的な部長通信を流し、北海道部の動きを直前部長の目を通して活写してもらうことにした。

早速、1号ができあがり、とっても感激して読んだ。
新体制へのお支えに感謝したい。

近々、ワイズメンズクラブ北海道部のホームページにもアップするつもりである。


晩にとかち帯広YMCAで渡辺メン・YMCAの連絡主事のおっちーと部会ととかち帯広YMCA50周年記念事業について打ち合わせをする。

やはり渡辺メンのイベント準備に手慣れた思考能力はすっばらしい。

でも、一日走り回って疲れたわ~♪

2011年7月15日金曜日

コンバインの整備(7/14)

今日は雨である。
わずかな時間を利用し小麦の刈り取りに向けてコンバインの整備を農家は行っている。
今年の小麦は穂長もあり、このままで行ってくれればいい感じで収穫できるのではないだろうか?

昨日は札幌クラブ主催の時計台コンサートが開かれているはずだ。

各クラブがYMCAに寄せる思いと期待に心が動かされる。

私自身は自分自身の方針で本当に部全体が一丸となって動けるのか疑心暗鬼となってきた。
書記・会計と各クラブ・事業主査とのすりあわせを一回やらないかと持ちかける。
それに対しても賛否両論となっていて、また、自信をなくす優柔不断な部長である。

そんな中で多くの意味で中崎直前北海道部部長のご尽力に感謝するしかない。

2011年7月13日水曜日

北見ビールパーティ(7/12)

司会の二本松メン

7月12日に北見のビールパーティに連絡主事と前日の例会でゲストとしてお迎えしたサハリンの3人のキャンプリーダーを引き連れお邪魔した。

北見に向かう道すがらソフトクリームをサハリンのリーダーにごちそうし、おいしそうに食べてくれたので気持ちよく国道を飛ばしていたら警察のごやっかいになる。
明らかに私が悪いと深く反省。

会場に着くと早速準備をがんばっている北見クラブのメンバーを手伝う。


会長の藤原メン
会場は大きく劇場形式の座席エリアもあるのだがまさかそこまでがいっぱいになるとは思わなかった。

開場は6時なのだが、すでにその30分前には階段にまで人の列が続いている。
今日一日が暑かったからビールを飲みたいだけではないだろう。
北見クラブの地道な取り組みが広がっている成果だと思う。

また、子供達・孫たちの貴重なYMCA園児らの発表機会で、お父さん・お母さん・おじいちゃん・あばあちゃんの熱気も大したものだ。

かわいらしくも迫力ある児童の発表


開場は15分早められた。
ドアが開くと同時に会場はお弁当とビールコップを片手にした人々で埋め尽くされた感がある。

北見クラブのメンバーはビールパーティにも関わらず一滴も呑まずに奉仕に明け暮れているそばで、当日チケットを買ったことを良いことに北海道部長は堂々たる飲みっぷりである。(あっ・・・俺のことだ^_^;)


薄荷童子の迫力あるよさこいソーラン



奥のサハリンリーダーはなぜかドジョウすくいだ
まずは、子供達の発表で可愛い踊りで宴を盛り上げてくれた。
会場もノリノリである。

北海道部長の挨拶の機会も与えて戴いたのだが、あえてそのことには触れない。

一回目の抽選会は、高級リゾートホテルの鶴雅ペア宿泊券からサーモンファンドでおなじみの鮭1本など豪華な景品がならんでいて、当選番号が呼び出される度に歓声が沸き起こった。

会場を埋め尽くす500名を超える来場者
大林主事の話を聞いて知ったのだが、出し物の2部で演舞してくれたよさこいソーランチームの「薄荷童子」はワイズメンとYMCAが育てた経緯があるらしい。

迫力ある演舞で会場の熱気は最高潮に。

よさこいソーラン体験ではサハリンのリーダーも舞台で汗を流していた。

北見YMCAと私の車のエンジンルームをのぞき込む
マックスそんなとこに日本の秘密はないぞ
二回目の抽選を経てパーティは終了したが、会場を出て行く皆さんがみんな笑顔なのは、おいしいビールと心のこもった出し物の質だけではない。

会場に来ている人たちは、このパーティはYMCAが行っているチミケップキャンプ場の障害児キャンプの財源作りとして行われる社会的にも意義のあるパーティであることを理解している。
その一体感がみんなの顔を輝かせたのだと思う。

私もその一人であることは間違いない。
北見YMCAの子供達
抽選番号を引き当てるチミケップ場長のマイク・ウルフ
左端はサハリンリーダーのなっちゃんリーダー
壇上右端から藤原会長・中崎直前北海道部長

2011年7月11日月曜日

7月十勝ワイズメンズクラブ第1例会(7/11)

スピーチをするイーゴリ君

7月の第1例会はチミケップのキャンプリーダーとしてサハリンから来日している3人を迎えて7月11日にとかち帯広YMCAにて開催をされました。

とても気持ちいい若者三人で、日本語は私よりうまいくらいです。
冗談にも乗ってくれるほどでサハリン州立大学で培った語学力はただものではありません。
彼らを指導するサハリン州立大学の日本語教師の一人はチミケップキャンプリーダーという経緯を連絡主事の越智さんから戴きました。

この交流事業(キャンプリーダー招待事業事業)は米国在住のこれまたチミケップリーダーOBの浄財によって支えられているとのことでした。


日本文化に触れるマックス君
「なぜ、日本に来ようと思ったの?」という我々の問いかけに、単に大学で日本語を学んでいるというだけでなく来日経験者はもとより日本人の親切な人柄にあこがれているといううれしい言葉が返ってきました。

私たちはその言葉に値する良き隣人でしょうか?

逆に「なぜあなたたちはYMCAに入っているのか」という思ってもみない問いかけにこちらがしどろもどろになってしまいました。

すっかり三人と打ち解けるようほえ
連絡主事や参加してもらったYMCAのスタッフによると最初は青い目の青年たちに子供達も緊張していましたが、直ぐにうちとけ「マックス先生」「イーゴリ先生(イービィ♪)」「なっちゃん先生」と叫びながら、まとわりついていたようで、あまりの人気沸騰ぶりを表すように「お父さん」と呼ぶ子供まで出現。
大いに盛り上がっていたようです。

チミケップキャンプ場での彼らの奮闘を期待したいと思います。




語尾がこの投稿だけですます調でおかしいのはこの原稿がブリテンの例会報告の粗原稿なためです。ご容赦を

チロロ岳 5の沢遡行・曲がり沢下降(7/10)

日高山系 チロロ岳に5の沢から遡行した。
今年初めての沢登りである。
日高山系はほとんど山道がなく、結果としてほとんどのアタックが沢からの遡行となる。

あいにくの雨の中の遡行だったが、逆にそれが幸いして難易度は高くないもののダイナミックな渓相を楽しむことができた。

ヤマレコの記録